滄海のひとりごと

ナウでヤングなわけがない一研究者のひとりごと集
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宗教という物のとらえ方〜創価学会・オウム真理教、新興宗教の功罪
私は以前、地方都市の基幹病院に勤務していたことがある。
病院を受診される患者というのは、当然ながら、いわゆる高齢者が多い。
中等症以上の高齢者の一人暮らしというのは大変だろうと誰でも想像がつくが、実際の問題として彼女らに接していると(高齢の一人暮らしは女性の比率が高い)、身につまされるものがある。

そういう中で、ある一人の、70台の、身よりのない入院患者がいた。
入院加療後彼女の病気は小康状態となり、身の回りの世話をする者さえいれば退院可能だったのだが、彼女は独身で、身よりといえば違う県に住む姉しかおらず、その姉とも疎遠で、ムンテラ(病状説明)を聞きに病院に来さえしない関係だった。

こういう場合、我々医療サイドとしては、患者の生活に不安を抱えつつヘルパー頼りで退院させるか、病状は安定しているにもかかわらず老人病院に社会入院の形をとるかくらいしか選択肢がない。(地方都市の基幹病院の場合、重病人が集まってくる関係上、治療が一段落ついた患者を長期入院させるのは難しい)
(当時は介護保険はなかった。余談ではあるが、介護保険制度というのは、問題点が多々あるにせよ、こういう切実な問題が目の前にあり、行政はなんらかの現実的な対応を迫られていたという背景があることは認識しておく必要がある)

しかし、彼女の今後のことを相談するために、何とか知り合いに連絡を取ってもらおうとソーシャルワーカーに当たってもらったところ、彼女は実は創価学会員であったことがわかり、創価学会の支部の友人という方が病院に来られた。
状況を説明すると、彼女は、こともなげに、普通の身の回りの世話なら私達がするから問題がないと答え、話はトントン拍子に進んで無事退院となった。
その後の定期的な外来受診にも学会の誰かが付き添ってこられ、おおむね問題ない生活が送れているようであった。

こう書くと、創価学会が慈愛にあふれた慈善事業を行っているように聞こえてしまうが、実は私は必ずしもそうではないと思う。
患者は資産家ではなさそうであったが、少なくとも住居は所有していたし、年金も受け取っていた。それなりの見返りはあったのかもしれない。しかし、身よりのないこの患者にとって見れば、例え遺産が全部創価学会行きになるとしても、身の回りの世話を見てもらえるのであれば取引としては悪くないし、時間の制約があり事務的なヘルパーなどよりはよほど良いであろう。
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著作権について〜知は誰の物か?
Winny作者逮捕事件(やや旬をすぎたが)を機に、著作権というものについて考えてみたい。
NHKの番組などで結構知られていることだが、世界で最初に著作物の権利を保護する法案を設けたのがアメリカのトマス・ジェファーソン(独立宣言の起草者、第3代大統領)である。形のない創造物である知的財産、それはデーターであるが故に複製が可能でそれ故価値がある物、そういった創造物の著作者の権利を如何に守るか、いわゆる「知の所有権」について、法律という形でそれを保護しようと考えたのである。

当初の著作権法は、著作物の権利を独占的に認める期間を17年と定めたが、この17年でもジェファーソン自身は長すぎると考えていたと言われている。しかし、アメリカではその期間は現在では95年と、法律を改正しどんどん長期化する傾向にある。(75年から95年の延長は、2003年に切れるはずのミッキーマウスの著作権を今後も維持するために、ディズニーの強力なロビー活動によって成されたといわれ、「ミッキーマウス保護法」とあだ名されているが、この方向性はそれだけが理由ではないだろう。広範に知的所有権を押さえ、その使用料により収益を計るというのはコンテンツ業界だけではなく科学・工業分野でもアメリカの国家戦略となっている。)
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